連方屋敷
 れんぽうやしき

山梨市三ケ所



連方屋敷について『甲斐国志』は、編纂時に古屋氏が居住していた点と『甲陽軍鑑』に登場する蔵前衆頭の古屋氏との 関連を指摘し、古屋氏の屋敷であった可能性を示唆している。
他に御蔵の庁所であったとする説〔上野晴朗『甲斐武田氏』〕などがあるが、はっきりしたことはわかっていない。


【左】屋敷南西側より
現在、中に民家が三軒あり、その南側には発掘関係者用の入口らしきものがある。
民家の前から南西方向に一直線の道が伸びているが、土塁南東端付近に「木戸」地名があることから、民家への通用門も含めて 後世のものであろうとする説もある。
  

『連方屋敷要図』



【左上】屋敷内部 北方面  一辺約100mの規模を持つ。現在も発掘調査を断続的に行っているようで、トレンチに ブルーシートを覆っている所が数箇所ある。北東隅部分の土塁が消滅している。
【右上】北面土塁と堀  土塁外側には堀が廻っている。規模はかなり大きく堀底からの土塁の高さは最大部で約3mはある。 現在、南面の堀には用水が通っているため、昔は水堀だったかもしれない。


〜感想〜
平地でこれだけ規模が大きく遺構が残っている所は貴重であると思うのだが、歴史の詳細がわからないのは残念。近くには 清白寺があり、中世から栄えていた地域ではあるようだ。 発掘調査によって新しい発見があることを期待したい。


行き方JR東山梨駅より東へ約300m。 南東側に解説板有り。
駐車場無し 北西側に路駐
撮影日2006年6月
参考文献『日本城郭大系』8
上野晴朗『甲斐武田氏』新人物往来社 1972年