白鳥山城

しらとりやまじょう

《別名》 白鳥山砦




白鳥山城は甲駿国境に位置する標高567mの白鳥山頂にある。四方の眺望がすばらしく、今川氏によって築かれたと いわれるが、その後、武田氏も物見、烽火台として使用した。
天文4年(1535)の武田、今川による「万沢口の合戦」や永禄12年(1569) 武田信玄による駿河侵攻の際にも使用されたという。
武田氏時代は白鳥山北西麓万沢に住した万沢氏が国境の警護に当たっていた。

【左】万沢より白鳥山  独立峰となっているため、駿河一帯から富士川の谷など一望できる。 国境にあるため、駿河、甲斐両国にとって重要な城であったろう。

『白鳥山森林公園案内図』


<場所>南巨摩郡南部町万沢
<行き方>国道52号白鳥山森林公園入口案内板を入る  道なりに約4q 終点が森林公園駐車場
<駐車場>10台以上
<撮影日>2006年1月
<参考文献>『日本城郭大系』8,9
『山梨県史』資料編7 中世4考古学資料 2004年
<参考サイト>史跡訪問」 「飛騨の山猿大王


【左上】山頂部  山頂一帯は削平されており、中央部がやや高くなっている。遺構らしい痕跡は無い。
【右上】北側尾根  見晴台があり、この周辺は最近人の手が加わっているであろうが、数段の削平地が 尾根に確認できる。

【左上】北東方面の眺め  富士山の麓は富士宮近辺になる。視界の良い日には南側に駿河湾が見られる という。
【右上】北方面の眺め  富士川上流の身延方面が一望でき、甲府へ続く烽火台ネットワークの山々からも 白鳥山城を見ることができるであろう。


〜感想〜
甲斐府中への烽火台ネットワークとして、重要な位置であることがよくわかる。烽火台としての遺構は 確認できないが、下方の現在駐車場になっているところから北側の森林公園内には、「横堀阻塞跡」と いう表示のある竪堀状の遺構などがある。しかし、第二次大戦後しばらく後まで、山畑など耕作地として 使用され、その後植林されたりと、かなり人の手が加わっている。
そのため、すべてが城のあった当時のものとは言い難い。武田、今川の勢力がこの国境付近で 戦っていたことを考えれば、この城はそれなりの防御構造を持っていたということは考えられる。


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