湯村山城

ゆむらやまじょう




湯村山城は「高白斎記」に大永3年(1523)に築城されたと書かれている。永正16年(1519) に躑躅ヶ崎館、 翌17年に要害城 が築かれたことから、同時期に築かれた湯村山城は武田信虎による府中防衛の一拠点となっていたと思われる。

<場所>甲府市湯村
<行き方>県道6号グランド入口信号北へ
緑が丘スポーツ公園より遊歩道を登る
<駐車場>公園駐車場利用
<撮影日>2005年1月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【左上】湯村山城東側より  北側は尾根続きとなっている。登城口は他にも湯村温泉街からや、 塩沢寺からなど数カ所あるようだ。公園から徒歩約25分。 当時の大手は塩沢寺からの道といわれる。

【左上】二の郭  土塁によって区画された3つの郭が頂上部にある。
【中上】一の郭  写真奥の土塁は二の郭との間の土塁。この二つの郭が尾根の先端部に東西並んで 位置し、その周りは帯郭がめぐっている。
【右上】井戸跡  一の郭内部にある。だいぶ埋まってしまっている。

【左上】一の郭虎口  郭周囲の土塁が分断されている場所が数カ所あるが、北側隅の部分が虎口といわれている。 細長い外桝形の形状だが、郭への入口が写真すぐ手前右側にあるので、写真奥に向けて袋小路状と なっている。個人的にはここが虎口なのか疑問。
【右上】桝形部分の石積み  袋小路の一番奥の部分に石積みがわずかに確認できる。

【左上】西側下帯郭  一の郭の下に位置し、大手道といわれる塩沢寺からの道から入ることができる。南側 先端部の帯郭へもそのまま回り込める。
【中上】帯郭部の石積み  西側帯郭には石積みが数カ所確認できる。通路を遮るような 形のものもあり、なんらかの防御施設と思われる。
【右上】南側帯郭竪堀?  南側は尾根先端部になる。竪堀状にえぐられている部分だが、 崩落もあり何ともいえない・・・

【左上】三の郭より東側の遊歩道  三の郭は岩が散在しており、実用的な郭ではない。ただ、 一の郭、二の郭へ通じる道が三の郭下の東西に通っている為、防御には不可欠と思われる。
山全体に岩がゴロゴロと散在しており、この城は石積みや岩を利用した造りなどがやりやすい場所である。
【右上】湯村山城より甲府市街、富士山の眺め  盆地を一望できる立地、小さいながらも工夫された 縄張りからは烽火台、府中一帯の監視や館の防衛など様々な機能を受け持っていたと考えられる。



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