棒道

ぼうみち





信玄が北信濃攻略にあたり整備したと伝承のある古道で、八ヶ岳山麓をほぼまっすぐ走っていることから 「棒道」と呼ばれている。(ただこの呼び方は江戸時代に入ってからのものではないかと言われている)
道筋については諸説があるが「甲斐国志」などによると、上・中・下の3本の道があったとされている。 現在確認できるのは上の棒道の一部のみである。
上の棒道の道筋は韮崎から穴山(韮崎市)〜若神子(須玉町)〜渋沢(長坂町)〜大八田(長坂町)〜 白井沢(長坂町)〜小荒間(長坂町)〜小淵沢(小淵沢町)〜立沢(長野県富士見町)〜柏原(茅野市)〜 大門峠(長門町)のコースである。  〜現地案内板より〜
〜上の棒道〜


今回、小荒間の三分一湧水から富士見町富士見高原までの棒道がそれらしく保たれている所の紹介です。
車が2台あれば三分一湧水の駐車場と富士見高原スキー場の駐車場に停めて歩くと効率がいいのでおすすめ。
歩く距離は約7.4q。
棒道の道筋については上の案内板の説以外にも様々な説があり曖昧である為、現地の今存在するコースが果たして 本当だろうかとも思うが、少なくともここに紹介する付近は江戸時代以来の古道であるのは確かで、それ以前から道が 存在していたという可能性は大である。
道というのは人が通らなくなればすぐ消えてしまうものであるし、時代が移ればどんどん変化をしていくだろうし、 そういう事を考えながら歩くのも悪くない!? 



三分一湧水(さんぶいちゆうすい)
信玄が三角の石で湧き水を3つの村に等しく配分したことから三分一の名が付いている
<場所>山梨県北巨摩郡長坂町小荒間
<行き方>県道609号JR甲斐小泉駅南側500m
<駐車場>:県道沿い6台
<撮影日>2003年9月



小荒間番所跡
武田氏が天文年間(1532〜55)に設置したといわれる。
甲府から逸見路を経て大泉村へ向かう道、途中の小荒間から八ヶ岳を西回りで信州へ至る道(棒道)に 備えられた番所である。
江戸時代になっても口留番所として旅人や物資の移動の監視を果たした。
〜現地案内板より〜

三分一湧水から徒歩5分、湧水から県道を北へ少し行き、左側へ橋を渡り50m先を右折、線路の下をくぐった所。


小荒間番所を過ぎて、案内板に従い集落を抜け、森林の中へと入って行く。
所々に石仏があるのは嘉永年間(1848〜54)に造られた観音霊場を模した観音石仏である。
大泉村の大芦から小淵沢町あたりまで37基あるとの事。江戸時代に旅人の道しるべとなり安全を祈願したものだろう。

森林の中はほんの一瞬!で終わり、左側はすぐそこまで別荘開発が進んでいる。棒道を歩いているというより ハイキングコースを歩いている雰囲気になる・・・
小淵沢町に入るあたりから道幅がさらに広くなる。これは道沿いが防火帯とされ山火事の延焼を防ぐための 最近の加工。 左側はゴルフ場になる。


さらに進み八ヶ岳公園道路の下をくぐり、通称鉢巻道路のすぐ下を沿うように行くと、長野県との境を 流れる甲六川を渡る。ここら辺は少し山道の雰囲気がある。
ここから先は長野県富士見町。鉢巻道路の上から下にと交差しながら同じ様な道筋で進んでいく。

左上 狼場沢・鹿の沢  ここの西北丘陵の鼻戸屋に狼煙台があったとの事。
右上 富士見高原のペンション村の中を突っ切る棒道!  はたしてこれを棒道と呼んでいいのか!?

富士見高原スキー場下付近の棒道と「仏供石」  道標として利用したのであろう。


富士見高原ゴルフコース下 棒道と逸見道(へみどう)との分かれ道
左に行くと逸見道。近世に開かれた産業道で逸見地方とは現在の山梨県北巨摩郡のあたり。江戸時代、甲斐と信濃を結ぶ 重要な道であったのだろう。
右に行くと棒道。この先鉢巻道路を渡りゴルフ場を抜けて北進していくらしい。 道があるのかどうか不明だが、今後も調査していきたい。
下の写真の案内板はゴルフ場下、鉢巻道路沿いにある今回行った最終地点。




〜中の棒道〜


中の棒道は今ではほとんど知るすべは無く、道筋を辿るといっても現在の道で想像するしかない。 小淵沢町から茅野市までは現在の県道17号沿いと考えられ、途中で下の棒道と別れ、富士見町、原村境付近で再び合流する。 富士見町には先達城(下の棒道)が中継基地としてあった。 八ヶ岳越えの道に関しては上の棒道は現在の大門峠よりも少し東側の高所を抜けていたらしく、結構険しい道だったと思われる。 中の棒道は現在の大門街道(茅野市北山の功徳寺から大門峠まではビーナスラインと重なる)筋を通っていたと 思われ、この道がメインの道ではなかったろうか。
茅野市北山の大門峠下には湯川城という武田軍の足溜まりとして使用されたと思われる城跡があるのも、 それを裏付ける。


〜信玄のお茶清水〜

この泉は江戸時代には信玄のお茶の水とも呼ばれ、中の棒道沿いにあり、信玄がこの泉の水でお茶を飲んだと いわれている。この付近には、信玄が渋ノ湯(国道299号沿い、ここから約10q先)を運んできて入浴したといわれる「湯殿の坂」とか、国(甲斐)へ 帰るのはこの道であると言ったといわれる「国道」などの地名が残っており、信玄ゆかりの地である。
〜現地案内板より〜
<場所>長野県茅野市湖東
<行き方>茅野市街より県道192号ビーナスライン右側
花蒔公園の先100m 大きな看板あり
<駐車場>:駐車スペース有り 2台
<撮影日>2003年11月


お茶清水脇にはしる「中の棒道」  道としては現代の物であるが、この付近を通っていたのであろう。
ここからは湯川城朝倉山城が見える。



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