大泉寺
 だいせんじ

山梨県甲府市古府中町



大永年間(1521〜28)信玄の父信虎の時代に創建された。
信虎の菩提寺であり霊廟がある。天文10年(1541)信虎は信玄により甲斐から駿河へ追放され、 今川氏の元に留まっていたが、その後信玄の駿河侵攻が始まると京へと逃れた。
信玄死後、信濃の高遠に留まり天正2年(1574)81歳で死去。遺骨はここへ葬られた。

【左】総門  柳沢吉保の菩提寺だった永慶寺を取り壊したとき移築したもので江戸中期のもの。伽藍は文化年間(1804〜18) と第二次大戦中の空襲との二度の火災で大半を失ったが、総門は焼失を免れた。(市文化財)

【左上・右上】信虎霊廟と墓
本堂向かって左奥の方へ進んでいくとこの霊廟が現れる。さらに奥へ進むと霊廟の背後に三基の 石塔が並んでいる。中央の五輪塔(上部の相輪は後補修)が信虎の墓と考えられている。
またこの三基は信虎、信玄、勝頼の三代の墓という言い伝えもあるが、それは定かではない。


行き方県道6号元紺屋信号を北へ1q先案内板を右折。 道なりに500mで山門前
駐車場山門右側奥20台
撮影日2003年9月
参考文献秋山敬『武田信玄を歩く』吉川弘文館 2003年