永昌院
えいしょういん

山梨県山梨市矢坪



永昌院はもと禅定院という真言宗の寺であったが、文明年間(1469〜86)、開基武田信昌( 信玄の曾祖父)が曹洞宗永昌院として開山した。
本堂裏手の開山堂には信昌の墓がある。
信玄もこの寺を庇護し、大泉寺での信虎の葬儀には、 住職六世謙室大益(けんしつだいえき) も参加。曹洞宗の中でも重要な位置を占めていた。

【左】本堂  矢坪集落の最も奥の高地にあり、甲府盆地が眼下に見渡せる。

【左上・右上】武田信昌の墓  本堂裏手の山を登った所。五輪塔、宝篋印塔が 開山堂の建物内にある。
武田信昌は、文安4年(1447)甲斐の守護職信守の子として生まれ、永正2年(1505) 9月16日、59歳で没してここに葬られた。


【左】鐘楼  ここの梵鐘は永和3年(1377)神取郷(北巨摩郡明野村)の大林寺のものとして 造られたが、応永27年(1420)東光寺 に移され、さらに信昌によってここに納められた。
しかし、その後再び流出して(勝頼が遠江侵攻の際、持ち出したという説もある)遠江で発見され、 徳川家康がここに戻したという経緯が刻銘によって知られるという。



【下】本堂前からの眺め  甲府盆地が一望できる。この日は残念ながら富士山は雲の中で見えず。





行き方甲府方面より国道140号山梨小前信号左折。 道なりに約2q、山を登っていった突き当たり
駐車場大駐車場有り
撮影日2004年8月
参考文献秋山敬『武田信玄を歩く』吉川弘文館 2003年