恵林寺
 えりんじ

山梨県甲州市塩山小屋敷



信玄の菩提寺である恵林寺は元徳2年(1330)開山の古い歴史を持つが、室町時代に入ると衰退。 その後信玄が天文10年(1541)より名僧を次々と招き再興を計った。特に快川紹喜(かいせんじょうき) とは親交が続き、信玄の葬儀においては大導師を務めた。

そして天正10年(1582)信長に敵対した佐々木氏をかくまったとの理由で織田信忠によって 寺を攻撃され、快川をはじめ百数十人の僧は山門に集められ焼き殺された。
その際、楼上の快川は「安禅必ずしも山水を須いず、心頭滅却すれば火も自ずから涼し」と遺偈(ゆいげ) を唱えたのは有名である。

【左】本堂


現在、柳沢吉里によって宝永6年(1709)に建てられた信玄霊廟明王殿があり、安置されている武田不動尊像は 信玄の生前の姿を映したものといわれている。霊廟背後に信玄の墓があり、これは百年忌にあたる寛文12年(1672) に造られたものである。
また、境内には信玄公宝物館があり、信玄に関わる物が多数ある。入口の正面に立っている孫子の旗、諏訪神号旗には 感動する。

【左】三門  山門と書かないのは「三解脱門」の略だからとの事。
再建されたものだが「心頭滅却すれば・・・」の偈が掲げられている。


【左】信玄の墓
寛文12年(1672)信玄の百年忌に造られた。
右に五輪塔(全高349.6p)、左に宝篋印塔(全高369.6p)がある
・・・合掌



行き方国道140号を県道38号に曲がりすぐ
駐車場境内裏、県道挟んで反対側の信玄館などに大駐車場
撮影日2003年9月