五郎山

ごろうさん



信玄の五男 仁科五郎盛信の祠がある。 天正11年(1582年)織田信忠は武田氏討伐の為、大軍を率いて伊那路を北上してきた。
盛信は兄勝頼の命により、高遠城主となりこれを迎え撃った。
戦いは3月2日早朝より数時間に及び熾烈を極めたが、遂に落城し、盛信は壮烈な死を遂げた。
戦いが終わって織田軍が引き上げると、村の農民たちが盛信以下諸士の屍を捜して持ち帰り、火葬してこの山に埋めた。
以来この山は五郎山と呼ばれるようになった。
〜現地案内板より〜
<場所>長野県伊那市高遠町勝間
<行き方>国道152号小原交差点を曲がり
白山トンネルを出たらすぐ高遠湖方面に左折
そしてすぐにまた細い道へ左折
そのまま林道を2qくらい行くと、山頂登り口歩道が左に見える
<駐車場>:山頂登り口のすぐ先に2台程停められるスペースあり
<撮影日>2003年7月



山頂にある祠。となりには上の写真、盛信の石像が建っている。
新鮮な花束が置いてあり、周りの手入れも行き届いていてきれいだった。
盛信が高遠の人たちに親しまれている感じがした。


五郎山より高遠の街並み。
山頂は結構ひろく休憩用のイスや東屋もあって、のんびりできる。
眺めもよく伊那方面木曽の山々など見渡せる。
下から歩いて登ることもでき、途中には小山田備中、渡辺金太夫、諏訪はな、諸士の墓と四つの祠がある。



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