府中八幡神社
ふちゅうはちまんじんじゃ

山梨県甲府市宮前町



この神社は承久年間(1219〜22)、石和五郎(武田)信光が鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮を石和の館に勧請して、国衙八幡宮 と称したのが始まりといわれている。
永正16年(1519)に、武田信虎が 躑躅ヶ崎館 を築く際に館の西側に移し、府中八幡と 称した。その場所は現在の相川小学校の南西部にあたり、そこには現在 古八幡社の小祠が残る。
武田氏滅亡後、甲府城築城の際に祈願所、城鎮守の氏神として現在地に移され、 甲斐惣社八幡宮として江戸時代を通じて、特別な扱いがされていた。〔現地解説板より〕

信玄は永禄3年(1560)、国中地域161社に対して2社が組になって2日ずつ八幡社に勤番 するよう命ずるなど、国中地域の神社統制の中心的役割を与えている。



行き方県道6号元紺屋信号北へ 約400m先左折
駐車場無し 路駐
撮影日2005年10月
参考文献秋山敬『武田信玄を歩く』吉川弘文館 2003年