一蓮寺
 いちれんじ

山梨県甲府市太田町



一蓮寺は当初、現在甲府城がある一条氏の居館だった所に位置していた。
元暦元年(1184)6月一条次郎忠頼が源頼朝に殺された。忠頼夫人は尼となって居館を尼寺とした。
その後武田信長が一条氏を継ぎ、その孫の一条時信が甲斐の守護の時、 遊行の途中甲斐に立ち寄った時宗二世真教(しんきょう)上人に帰依し、 弟宗信の出家を許して、尼寺の地に 開山したのが一蓮寺の始まりという。正和元年(1312)のことで、それ以降武田氏によって発展をとげていった。

信虎によって甲府に城下町が建設されると、門前町は城下南端部に位置することになり、 出入口の交通の要衝としての役割が重要になっていった。
武田氏は一蓮寺を甲府に来た賓客接待の場として利用している。
『甲陽軍鑑』にも永禄9年(1566)のこととして、在甲していた菊亭大納言が信玄主催の 当寺歌会に飛び入り参加して歓迎された記事を載せ、和歌や連歌の会の会場として著名だった旨を 紹介している。

『一蓮寺過去帳』は室町時代初期の創建の頃から、江戸時代初期まで、約300年間にわたって記されている 記載は、法号、没年月日、氏名と簡単であるが、檀信徒以外も広く収録されていて、山梨の中世史 研究のため、貴重な史料である。(県文化財)〔現地解説板より〕


行き方県道3号遊亀公園北側
駐車場10台
撮影日2005年10月
参考文献秋山敬『武田信玄を歩く』吉川弘文館 2003年