国分寺・国分尼寺
 こくぶんじ・こくぶんにじ

山梨県笛吹市一宮町国分/一宮町東原


〜国分寺〜


甲斐国分寺は鎌倉時代以降衰退したが、信玄が快岳周悦(かいがくしゅうえつ)を迎えて、 臨済宗寺院として再興したという。
寺蔵の天正4年(1576)4月3日判物には信玄の寄進があったことを根拠に寺領を安堵している。
規模は南北255m、東西220mと推定されている。


【左】国分寺参道
江戸時代に再建された本堂などを移築し、発掘調査が進められているようだ。 そのため現在は礎石以外には何もない敷地が広がっている。

【左】塔跡の礎石


行き方国道20号東原信号を南へ入り約600m先右側
駐車場5台
撮影日2005年5月
参考文献秋山敬『武田信玄を歩く』吉川弘文館 2003年



〜国分尼寺〜


国分寺から北方へ約500mの所に遺構がある。
現在新道によって西方三分の一が破壊されているが、金堂跡、講堂跡と南北にわたって 長方形の土壇上に礎石の配列が見られる。


行き方国道20号東原信号を南へ入り50m左側
駐車場無し 路駐
撮影日2005年5月
参考文献秋山敬『武田信玄を歩く』吉川弘文館 2003年