向嶽寺
 こうがくじ

山梨県甲州市塩山上於曽



塩ノ山南麓に位置し、開山は抜隊得勝(ばっすいとくしょう)、開基は守護武田信成。

抜隊得勝は康暦2年(1380)武田信成から寺地の寄進を受けて向嶽庵と命名し創建した。
その後、信重、信昌、信虎の歴代守護や彼らの重臣、在地武士も保護を加え、多くの寺領寄進状や 安堵状が今に残される。

信玄もみずからの祈願所とし、天文16年(1547)に開山抜遂が後奈良天皇から恵光大円禅師 の称を贈られたのも信玄の斡旋によるものといい、その際寺号を向嶽庵から現寺号に改めるとともに、 寺中で守るべき法度を定めた壁書を信玄から与えられた。

武田氏滅亡のとき、 武田氏の重宝「楯無の鎧」は家臣の田辺左衛門尉により、 向嶽寺の大杉の下に埋められたが、徳川家康の手により掘り出され、 菅田天神社に納められたという。
その時、寺僧たちは徳和(三富村)の観音堂に逃れて難を避け、 恵林寺のように焼き討ちには 遭わなかったが、その後たびたび火災に遭った。しかし、現在も多くの寺宝を蔵している。

【上】仏殿  開山堂を兼ねる仏殿は天明6年(1786)の大火で焼失し、その後再建されたもの。 (市文化財)

【中・下】中門、築地塀  中門(重要文化財)と築地塀(県文化財)は唯一残った中世建築。


行き方県道38号沿い
駐車場10台
撮影日2005年10月
参考文献秋山敬『武田信玄を歩く』吉川弘文館 2003年