熊野神社
 くまのじんじゃ

山梨県甲州市塩山熊野



熊野神社は大同2年(807)にこの辺一帯に広がる熊野郷の鎮守として、紀州熊野神社から勧請 され、本殿は後白河法皇の命によって紀州の本社にならって建てられたという。
東側の本殿二棟は棟札から文保2年(1318)、寛正3年(1462)、応仁元年(1467) に社殿造営が行われていた事が知られる。
寛正と応仁の棟札には、守護武田伊豆千代丸(信昌)・国主武田信長がそれぞれ記載されている。

【左】拝殿  拝殿は天文18年(1549)の再興、信玄と地頭今井信甫(のぶすけ) が関わっていた時のものと考えられている。
(重要文化財指定)


【左】本殿
6棟が並んでおり、そのうち東側2棟が重要文化財指定を受けている。

【左】本殿 重要文化財指定2棟
造営に武田氏(信昌、信長)が関与していたようである。

信玄奉納とされる刀八毘沙門天像、飯縄権現像(二点共に県文化財)、 勝頼奉納とされる欹器(きき)の図(県文化財)、渡唐天神像(市文化財)がある。

欹器の図は中庸をよしとする儒教の説話にもとづくもので、「五分勝」を最上とする信玄が、 やりすぎないことを自戒するために座右に掲げていたものとされ、信玄が傾倒した恵林寺住僧 希庵玄密(きあんげんみつ)着賛の渡唐天神像とともに、信玄の死後、勝頼によって奉納されたという。



行き方国道411号沿い
駐車場境内西側 10台
撮影日2005年10月
参考文献秋山敬『武田信玄を歩く』吉川弘文館 2003年