信玄上洛・三方ヶ原の戦い

しんげんじょうらく・みかたがはらのたたかい



信玄は元亀三年(1572年)京を目指し約二万五千の大軍を率いて甲斐を出発。
諏訪から杖突峠を越え伊那路を南下して遠江に出て、三方ヶ原にて徳川家康と戦い大勝。
そのまま西へ三河に入り野田城を攻略。
しかし武田軍は突然北へ軍を動かし鳳来寺へ。
その頃信玄の体は病に冒され、どうにもならない状態だった。
武田軍はそのまま伊那街道を北上し信濃へ・・・
信玄はその途中亡くなっていたが、遺言により死を伏し無言の帰国をした。

私は2003年6月、三日間の休みでできるだけ信玄の通った道を辿り、 興味がある所に立ち寄りながら信玄になった気分!?でまわってきました。
当然、信玄の終焉の地ひとつ取ってみてもさまざまな説があるわけで、 いろいろな道があるでしょうが、私の場合 新田次郎の「武田信玄」によるところが多いかも。


「信玄滝」
長野県南信濃村 国道418号線沿いにある。
そば屋「信玄」の裏手。大きな看板があるのですぐわかる。
信玄は青崩峠を越す前にここに立ち寄って休憩したといわれる。
冷たい水が気持ちいい、なかなか迫力のある滝だ。

青崩峠への道
国道152号は長野県と静岡県の県境が未開通。遊歩道でなんとかつながれてますが、 古くからある道で秋葉神社に続く秋葉街道、または信州街道ともいわれている。
海の幸や山の幸がこの峠を越えて運ばれた為「塩の道」ともいわれている。

青崩峠までヒョー越峠からの分岐から簡易舗装やら砂利道の1.5車線道を6q程行く事になる。
終点は上の写真のように治山工事をやっている。
その終点の20m手前に登山道がある。そこから15分程で青崩峠に着く。
時期にもよるだろうが私の行った6月はヤマビルが発生していて、私は知らなかった為スネ部分から血を吸われまくってしまった。
ちなみに車で行くときは静岡県側から行った方が行きやすいらしい。

左が信州側、右が遠州側の峠からの写真。


ヒョー越峠
車はこちらの峠を越えて静岡県へ入る。1.5車線の道であるが、舗装されていて安心して走れる。
地図を見るとカタカナでヒョー越と書いてあるが、現地の案内看板は兵越で統一されている。
信玄が遠州に侵攻した時は青崩峠の方が距離が短い為本隊が通り、兵越峠は分隊が兵を集めたり、 食料補給をする為、または敵が潜んでいるのを予想して二手に分かれて通ったらしい。
兵越峠の名も信玄の兵が通った事が由来になっているのか。



次のページへ→



ゆかりの地へ戻る