南松院
なんしょういん

山梨県南巨摩郡身延町下山




穴山氏館 の裏手にある南松院は穴山信君(梅雪)が永禄9年(1566)に亡くなった母の菩提所として創建した寺である。
母南松院殿は武田信玄の姉で、穴山信友に嫁ぎ天文10年(1541)に信君を生んでいる。

【左上】本堂  慶応2年(1866)2月落雷炎上し、ほとんどの建造物を焼失し、明治12年 (1879)年に再建された。
信君の養女下山殿と徳川家康の子武田万千代丸(信吉)は水戸藩を開いたが、21歳で夭逝したので 家康12男頼房が水戸に入った。この縁で南松院の修理は水戸藩で行われた。
また、信君夫人(見性院)は信玄の娘である。信君没後間もなく一子勝千代の死により天正15年(1587) 穴山氏が絶家したので、江戸城に入り三代将軍家光の異母弟会津藩祖保科正之を養育した。 このため幕府は南松院に御朱印地25石を寄進し明治に至った。〔現地解説板〕
【右上】亀石  夢窓国師の作と伝えられる庭園の池にある。 信友夫人(南松院)が嫁ぐ際、父信虎に請い持参したと伝えられる武田家伝来の亀石。〔現地解説板〕


行き方国道52号矢沢橋北詰信号を西へ入り、 約500m先右側
駐車場5台
撮影日2006年1月
参考文献秋山敬『武田信玄を歩く』吉川弘文館 2003年