入明寺
にゅうみょうじ

山梨県甲府市住吉



入明寺は浄土真宗の寺である。長享元年(1487)、村上天皇の子孫である六条有成が、蓮如上人に よって得度し、浄閑と名乗り甲斐に来て武田氏の庇護のもとに草庵を営み、開山した寺で「長元寺」 といった。
二代誓閑の時に現在地に移り、三代栄閑の時に「入明寺」と改めた。
「一向宗」とのつながりを求めた信玄が、公卿の出である入明寺住職に話をして、誓閑、栄閑兄弟 が石山本願寺の顕如上人の裏方三条左大臣公頼の息女にお願いしてその妹と信玄との婚姻をとりもった という。その人が正室三条夫人で、義信、信親(竜宝)等の母である。

【左】本堂


【左上・右上】武田信親の墓
信玄は盲目になった信親を信州海野の城主とし、海野次郎信親と名乗らせた。
織田信長の侵攻によって武田方の戦局が不利の時、入明寺四代栄順は信親を寺に迎え、かくまった。 天正10年(1582)3月11日、 武田氏滅亡の時、 信親は入明寺境内で割腹自殺した。

信親の嫡男信道の家系はそれ以降も続き、現在まで至っているという。


行き方JR身延線南甲府駅南側 約400m
駐車場3台
撮影日2005年10月
参考文献入明寺パンフレット「武田家と入明寺」