冨士御室浅間神社
  ふじおむろせんげんじんじゃ

山梨県南都留郡富士河口湖町勝山



文武天皇即位3年(699)藤原義忠により祀られ、富士山中最古のお宮といわれる。
武田氏の祈願所として弘治3年(1557)に信玄は娘北条氏政夫人の安産祈願文を、 さらに永禄9年(1566)の三男直重出産の際にも願文2通を納め、神馬奉納や 黒駒関(御坂町)を閉鎖して道者(富士信仰の参拝者)の通行に便宜を図ることなどを約した。
他にも多くの武田氏関連の文書が伝存し、関係の深さがわかる。
また、戦国期の富士北麓の世相を記録した『勝山記』の最古の写本を所蔵している。

【左】里宮本殿  ここ河口湖畔に里宮が建てられた。現在、本社本殿が向かい側に移築されている。



【左】本社本殿
本殿は慶長17年(1612)5月、領主鳥居土佐守成次が社殿再建、 徳川家康、秀忠の奉納した棟札がある。
もとは吉田登山道沿いの富士山2合目にあったが、旧登山道の荒廃、自然条件の厳しさ等の条件により、 昭和49年に現在地に移築された。
(重要文化財)〔現地解説板より〕

【左】鵜の島
神社から河口湖を見ると正面に見える島で、駿河勢が侵攻して来た際、 付近の住民はこの島へ避難した。
また、天文23年(1554)10月には信濃の 神之峰城主知久頼元父子が 武田氏の捕虜となって、ここに幽閉されたが、翌年船津で処刑された。


行き方県道710号沿い
駐車場5台
撮影日2005年11月
参考文献秋山敬『武田信玄を歩く』吉川弘文館 2003年