黄梅院跡
おうばいいんあと

山梨県甲斐市竜地



黄梅院は武田信玄の娘(俗名不詳)で、甲・相・駿三国同盟の楔として小田原北条氏康の子 氏政へ嫁いだ。
そして氏直等4人の男子を生んだというが、永禄12年(1569)に三国の和議が破れ、 甲斐へ戻されて、その年のうちに病死した。
死後信玄は供養のため大泉寺 に多額の寺領を納め、この地に末寺黄梅院を建立させた。
明治初年に廃寺となり、現在は跡地に五輪塔など数基の石造物が祀られている。

黄梅院が嫁いだのは天文23年(1554)12月の事で、その時12歳。
信玄は娘の懐妊を知ると冨士御室浅間神社に安産祈願を行っている。
甲斐へ戻され死去したのが27歳の時。法号は「黄梅院殿春林宗芳大禅定尼」


行き方甲府方面より県道6号貢川橋西側を直進、 再び県道に出る手前100m右側
駐車場路駐
撮影日2005年10月
参考文献秋山敬『武田信玄を歩く』吉川弘文館 2003年