積翠寺
 せきすいじ

山梨県甲府市上積翠寺町



積翠寺は要害城の南麓にあり、 創建年代は定かではないが鎌倉時代 夢窓国師(むそうこくし)の弟子竺峯(じくほう)和尚を中興開山とする寺で、 信虎が甲府に館を移し、要害城を築城する以前からあった。
大永元年(1521)11月3日武田太郎(晴信)はここで生まれたという。
また、天文11年(1542)3月9日、今川為和(ためかず)を迎えた時に和歌の会が催されたのをはじめ、 同15年7月26日、京から勅使として下向してきた 三条西実澄(さんじょうにしさねずみ)、四辻季遠(しつじすえとお)を迎えた時、 翌年4月5日の帰京時には今川為和も参加して和漢連句の会が催されるなど、風流接待の場としても使われた。

【左上】積翠寺と要害城  背後の山、要害城は信玄の父信虎が躑躅ヶ崎館 の詰城として築いたものである。
【右上】産湯天神  信玄誕生時産湯をつかった場所で、中央の祠が産湯天神。本堂とは道を挟んで反対側道沿いにある。


行き方県道31号躑躅ヶ崎館より北へ約2.5q右側
駐車場山門前の道に1台分スペース有り
撮影日2004年3月
参考文献秋山敬『武田信玄を歩く』吉川弘文館 2003年