武田八幡宮
 たけだはちまんぐう

山梨県韮崎市神山町北宮地



平安時代末期、武田氏の祖、信義が氏神として尊崇したのを初めとして、代々同氏の庇護を受けていた。
現存の本殿(重要文化財)は天文10年(1541年)12月の完成で国主になってからの信玄最初の仕事とされている。
また、天正10年2月19日に勝頼の妻北条夫人が当社に夫の武運長久を祈る願文を納めている。

【左】二の鳥居(県文化財)
この道を進んだ突き当りが八幡宮。

二の鳥居の脇に車を停めて五分ほど歩くと正面に石鳥居(県文化財)と随身門がある。
その周りはかなりの時を経た杉の木が生い茂っていて、当時の雰囲気を感じさせてくれる。

【左上】拝殿  随身門を通り階段を上っていくと神楽殿があり、そのすぐ上がこの拝殿。
【右上】本殿  天文10年(1541年)完成。(重要文化財)
とても静かな場所で眼下を見下ろすと韮崎の町並みが見渡せる。南側の山頂には武田信義が要害城として築いたといわれる 白山城がある。ここより約13分。



行き方韮崎市内国道20号武田橋を渡ってすぐ右折、 道なりに2q程行った突き当たり
駐車場八幡宮脇に10台、二の鳥居脇に10台程
撮影日2003年7月
参考文献秋山敬『武田信玄を歩く』吉川弘文館 2003年